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2016年2月18日木曜日

一年に一度のモテモテの日


夫の仕事先から、毎年バレンタイデーの頃にうれしい小包が届く。袋の中には、女性陣3人から贈られた甘いスイーツが入っている。パッケージもかわいらしく、「今年は何だろう? 」 と、いつも開ける前からワクワクしてしまう。

チョコレートをあげる側だった私も、夫のおかげで受け取る側の楽しみを知ってしまったのだ。年に一度のモテモテの日、家族は浮足立つ。今年はなんと息子の分まで入っていた!

毎年手作りチョコレートを作り続けているある女性は、お菓子作りはプロ級の腕前で、ホワイト、抹茶、ストロベリー、ラムレーズンなど何種類ものひとくちチョコレートを作り、オリジナルの美しいラベルで飾ったチョコレートをプレゼントしてくれるのだ。

私が妊娠・授乳中の頃には、お酒なしのものを別に用意してくれ、「そんな心遣いまでしてくれるなんて! 」と感激していたのだが、今年はなんと息子用にミルクたっぷりのチョコレートが用意されていたのだった。
息子は、私たち夫婦が珈琲とともに食べているピーナツチョコレートの包み紙を、いつも憧れの目で見ては、匂いをかいでチョコというものの余韻を味わっていただけで、まだ一度も食べたことがなかった。
チョコレートデビューするなら、手作りチョコがいいだろうということで、息子に大人への階段を一歩のぼらせてみることにした。真面目な顔で、ひとかけらずつ手でつまむと、おちょぼぐちで味わい、鼻をふくらませつつ、未知の味を堪能した様子だった。一日一粒ずつ、という特別なお菓子である。









2016年2月14日日曜日

嵐のバレンタインに完成した、4年越しのレゴ

今年のバレンタインは、朝から雨と強風が吹き荒れるすごい天気だ。夫は、空模様を気にしながらも、なんとか仕事へ出かけた。

私と息子は、前日お友達の家まで遠征していたので、ちょっと疲れモードでゆっくり起き出した。

世の中はバレンタインだというが、特にチョコレートは買っていない。最近はまって作っているスコーンを、チョコチップ入りで焼いてみたが、夫は興味がないようなので、私がもっぱら食べている。
私は、4年前の結婚のお祝いにお友達からいただいた「レゴ」のことを思い出した。そうだ、今日作ってみよう!

立体的なものを組み立てることが大の苦手な私は、「レゴ」があまり好きになれず放置していた。でも、ウェディングとハートモチーフのレゴには、女心をくすぐられ、ちょっと組み立ててみたい気持ちにさせられたのだ。

途中でパーツを息子に奪われ、ケンカしながらも、説明書を見ながら組み立ててみると、意外とすぐに完成した。対象年齢を見ると6歳となっていたので、私にも、まぁそれくらいの脳はあったということだろう。

ブーケをもった花嫁人形のレゴに、キラキラのついたベールと冠を挿していると、4年前の結婚パーティーを思い出す。新郎のレゴは、タキシード姿にハットをかぶっており、手には乾杯のグラスを持っている。

ちなみに新婦のかつらは、好きなものが選べる。ダークブラウン、ブラウン、ブロンドの3種類もあるのには驚いた。さすが、世界を相手にするレゴだ。多人種への配慮なのだろう。私は日本人ということで、ダークブラウンを選んだ。

ハートにも、ウェディングレゴにも、土台がついているので、飾って楽しむことができる。ちょっと特別感のあるレゴは、贈り物として喜ばれそうだ。

4年越しのレゴ完成を祝福するかのように、窓をのぞくと太陽が顔を出していた。



2016年2月3日水曜日

結婚すれば、本当に夫を所有できるのか?

1歳10ヵ月の息子は、“カッコイイブーブ”に夢中だ。
でも、世の中にはいろんな種類のカッコイイブーブがあり、あっちもいい、こっちもいいと、目移りしてしまう。それゆえ、息子は両手にブーブを持ち、その周りにも好きなブーブを並べて遊んでいる。

もしも、お友達が息子のブーブに手を出そうものなら、自分のものだと主張し、キーキー声を上げて怒るだろう。

このブーブを、「彼」に置き換えてみよう。

愛する彼を他の女に取られようものなら、付き合っていた女は怒り出し相手を責めるかもしれない。でも、付き合っている時点では、彼が他の女のところに行ってしまっても、それは相手が「心変わり」しただけで、別れてしまっても問題はないはずだ。女は「失恋」したということになる。

これが、結婚という手続きをとってしまっている状態で、他の女に取られた場合、それは「不倫」と呼ばれ、奪った女が責められ、あたかも妻に夫の所有権があるかのように、主張するのは本当に正しいのだろうか?

結婚すれば、夫を所有できるなんて、おかしな話だ。
人の心を、結婚というしばりで、独占することはできない。

息子がカッコイイブーブーに、いろいろ目移りするように、人の心もその時々で変わっていくのが当然だ。途中で飽きてしまい、手放すことだってあり得る。

運命の赤い糸で一度結ばれれば終わりではなくて、ほどけたり、離れたり、戻ってきてまた結ばれたり、別のひもが現れたり、変化するのが普通ではないだろうか。

結婚という手続きがあろうとなかろうと、お互いを信頼して寄り添って進むのが夫婦であり、結婚というものの本質だ。お互いの自由を認め、束縛せずに、つかず離れずいるのが”夫婦の定義”に近い気がする。

子どもの遊びの話に戻るが、みんなの遊び場で、誰かが先に使っているオモチャを他の子が使いたい場合、「かして」と言ってコミュニケーションするのが普通だ。

先に使っていた子は、「やだ、だめ!」と言って独り占めすることは本来許されない。みんなのオモチャであるからだ。順番に遊ぶことが周りにいる大人たちによって促されるだろう。

でも、楽しくて遊んでいるからもう少し使いたいという気持ちは認められる。そういった場合は、「あとで」ということができる。

夫だと思っいる人も、みんなのものという風に考え直してみると、「かして」「あとで」という平和的なコミュニケーションも、成り立つのかもしれない。















2016年1月19日火曜日

二人目ラッシュに揺れる、オンナゴコロ

世の中は、某アイドルグループの解散騒動、生番組での謝罪などを受けて、あっちこっちで好き勝手な事を言って盛り上がっているようだ。

ニュースで報道されるような大騒動にはならないものの、子育てをしているママの周りでは常に小さな騒動が起こっている。

そのひとつが“二人目ラッシュ”と言われる騒動だろう。

私の数ヵ月前に一人目を出産した先輩ママたちが、昨年の夏から冬にかけて一気に2人目ラッシュに突入した。大きなお腹をかかえて、ちょろちょろ動きまわるようになった上の子を連れて、買い物や公園へ行く姿をたびたび見かけた。

子どもたちの集まりなどでちょっと見かけない時期があり、久しぶりに会ったと思ったら、もう臨月状態で、「え~いつの間に!!」という感じなので、あっけに取られてまう。

今までは若めの先輩ママの二人目ラッシュだったので、まだ衝撃は少なかったが、年齢も近い一番身近なママ友にも二人目ラッシュの波が押し寄せてきたので、「おぉ~ついにここまで来てしまったか!!」と、一気に現実を突き付けられ、「乗り遅れにご注意ください、ドア閉まります!」という車掌さんの声と発車ベルが高々と鳴り響く音が聞こえたような気がした。

若いママは体力があるので、一人目の子育ても落ち着かないうちに、さっさと二人目のことを考えられるのだろうが、私のように高齢出産で一人目を産んでいるような場合、いろいろと考えてしまい二人目に踏み切れないという話をよく聞く。

子育てをしていく体力があるのかどうか、出産や育児にはまとまったお金も必要になるので、経済的な不安や住環境などの問題もあるのだろう。

そんなことを先輩ママに話すと、だいたい「そんなこと考えてたら、いつまでたっても子どもなんて産めないよ、勢いだからね」などと一喝されてしまう。いろんな準備が整ったら、産むのかと言われると、たしかにそうでもない気がする。

私の場合、一人っ子でかわいそうだから二人目を産むという考えは一切ない。そこらへんに子どもはいっぱいいるのだから、なにも“きょうだい”という血のつながりにこだわる必要もないし、きょうだいのように友達と仲良く遊べば寂しくはないじゃないかと思うくらいだ。

親としては一人っ子のほうが、じっくり子育ての過程を楽しめていい気もするし、ケンカや争い事も少なく済むかもしれないなどと考える。

なのに、産むべきか、産まざるべきか・・・・・・の間を行ったり来たりしてしまう。

幸せだった妊婦時代のマタニティウェアは名残惜しくて捨てられず、息子のかわいかった赤ちゃん時代を思い出し、ニヤニヤしてみたり、もし、次は女の子だったらなどと、あれこれ妄想したりしてしまうものなのだ。

”産める機能”が残っているオンナ”というのは、欲深く、厄介な生き物なのである。

冒頭の写真は、先日雪が降った時に私が作った雪うさぎ。今は三人家族なので3個作ったのだが、今朝起きてみたら、葉っぱと赤い実だけ残して、お盆の上は水たまりだけになってうさぎは姿を消していた。なんともシュールな絵であった。


家族は一人でも、二人でも、三人でも、四人でも人数に関係なく立派な家族なのだ。溶け合えばすべてひとつで、家族というかけがえのない時間を共に過ごす、小さな共同体(サークル)に過ぎないのだろう。











2016年1月7日木曜日

「ママじゃなきゃイヤ!」は本当か!?

よくある子どものセリフのひとつに「ママじゃなきゃイヤ! 」というのがある。

1歳9ヵ月の息子は、食事中にスプーンや食器を私に向かって差し出し、「ママー、ママー! 」と泣いてだだをこねたり、遊ぶ時に一緒にやってほしいと「ママー、いっしょに! 」と言ってせがんだりして、他の人が代わりにやろうとしようものなら、首を横に振ってイヤイヤする。

それを聞いたパパやばぁばは、「ママのこと大好きだから仕方ないよね~」などと言って、その場を離れようとするのだが、ママのほうも「そうよね~うふふ」などと、親バカで自惚れていられるうちはいいが・・・・・・。

毎日のことになると「それは、本当か!? 」と睨みをきかせ、突っ込みを入れずにはいられなくなる。

それでなくても、洗い物や洗濯、掃除や食事の準備などママにはやらなければいけないことが山とあるのだ。「これ以上、ママの仕事を増やさないでくれ! 」と思うのが普通の神経ではないだろうか?

冷静になって考えてみればすぐにわかる。育児の中でママじゃなきゃできないことなど、ほとんどないのだ。せいぜい、母乳をあげることぐらいだろう。

共働きで保育園に預けているような家庭は別だが、パパが仕事で日中外に出ていて、家でママが育児をしている場合は、子どもはママと過ごす時間が一番長いので、どうしても甘えの対象になりやすく、なつきやすいという、ただそれだけのことなのだ。

「ママじゃなきゃイヤ! 」という子どものセリフは、“なんとなくママに甘えたい気分”になっているだけで、実のところママじゃなくても大丈夫なことが多い。だから、世の中のパパはママに甘えている場合じゃないし、「やっぱりパパじゃダメなのか」などと、いじけている場合でもないのだ。

わが家のパパは、最近ようやく「パパもやりたいの! 」「ママは忙しいから、パパが抱っこしてあげるよ」などと言って、「ママじゃなきゃイヤ! 」を、だいぶかわせるようになってきたが、寝かしつけや歯磨きなどは、まだまだママ依存度が高い。ママがやるほうが早く済むのでついついやってしまっているというのが現実である。

まぁ、まぁ、そこは夫婦なので、育児もお互いに言い分があり、様子を見ながら“歩みよりつつ”というところだろうか。

子どもが言う「ママじゃなきゃイヤ! 」を真に受けて、一人で抱えすぎてしまっているママがもしどこかにいたとしたら、「イヤイヤ詐欺です、だまされないで! 」と言ってあげたいし、「それくらいパパにやってもらいなよ! 」と背中を押してあげたいのだ。

パパに“手伝ってもらう”という弱腰のスタンスではなく、“少ししずつおかませする”のが成功のコツである。パパが自主的に動きだしたら、子どもだって嫌な気持ちはしないだろう。“パパでもよかった”という成功体験を重ねることでしか、「ママじゃなきゃイヤ! 」をかわす近道はないのである。

「パパにやってもらえてよかったね~」と、パパの地位が向上するような言葉がけをママがしてあげるのもオススメである。

写真は、義理の妹が作ったミニュチュアの人形。インスピレーションで、すみれちゃんと名付けた。私に似ている感じがしてプレゼントしてくれたそうだ。茶箪笥の中にこの人形を見つけると、息子は「ママ! 」と指をさしてうれしそうな顔をする。なので、息子の前ではママ人形だということにしている。