息子も早いもので、今年の8月で2歳5ヵ月になった。
2歳になったばかりの頃とは違い、親が言った言葉や物の名前をすぐに覚えて言えるようになり、「どうしたいの?」「どっちがいいの?」などと聞けば、自分の意見を言えるようになってきて、だいぶ会話らしくなってきた。
一人遊びも、だいぶ集中してできるようになり。電車や車のオモチャを走らせて自分の空想の世界を広げている。
自分でやりたい気持ちと、それがうまくできないもどかしさ、親にかまってもらい甘えたい気持ちが混ざり合って、ときどきカンシャクを起こしてキーキー騒いだり、物を投げて怒ったり、親を叩いたりして、イヤイヤ期の2歳児らしい姿を見せている。
そういう状況だとわかっていても、親も人間なので、しつこく嫌なことをされたり、騒がれたりすると、暑いしイライラして、ついつい余計に怒ってしまうことも多々あり、落ち込むこともある。
そんなときには、イヤイヤ期の息子の親もまたダメダメ期で、お互い成長過程にいるのだと、思うようにして、私も身内に甘えたり、友人にグチを言ったりして、なんとか乗り切ろうとしている。
もうすぐ2歳の夏が終わろうとしている。
あんなに怖がっていた高い滑り台も一人でできるようになり、噴水の水しぶきに喜び、プールでは、バタ足や水鉄砲あそびに夢中になった。パズルは毎日繰り返しやるうちに、一人で24ピースのものができるようになってしまった。大好きなトーマスのミニ絵本は、文を暗唱して私に読み聞かせてくれるようになった。あか、あお、きいろと色を感じる力が強くなり、物の名前と色を組み合わせて覚えて言えるようになった。真新しいスニーカーとサンダルを履き、歩く姿も安定感が増し、凛々しくなった・・・・・・。
まだまだ夏の思い出はたくさんあるが、息子の遊ぶ姿をそばで見ていると、記憶には残っていないが、自分の幼かった頃を思い出す。きっとこんな風に、小さなことでキャッキャとはしゃぎまわって、目をキラキラ輝かせて、親を困らせてもいたのだろう。
毎日を新鮮な驚きと発見とともに、生きていられる幼い子というのは、ただその場にいるだけで、否応なく大人たちに大きな影響を与えてくる。大人も、子どものように頭をからっぽにして、夢中になって遊ぶ時間がもっと必要だし、子どもの目線からもう一度大人の世界をのぞき見るような、純粋な目と熱い心を取り戻したいと思うのだ。
2016年8月29日月曜日
2016年6月6日月曜日
長靴があれば、あれもこれもできるのだ!
5月に鹿児島へ帰省した時に、ばぁばに買ってもらった虹色の長靴がある。
2歳の息子はかなりの“やっせんぼ(鹿児島弁で弱虫の意味)”で、いろいろなものを怖がるのだが、なぜだかわからないが、長靴を怖がり試着させようとするだけで、泣き出してしまうほど嫌がっていた。
でも、鹿児島のばぁばが買ってくれたという特別感があったせいだろうか、梅雨入りを目前に最近ようやく履いてくれるようになった。
きっかけは、水遊びが大好きな息子に、じょうろを持たせ、「じょうろ持って、庭のネギに水をまきにいこうよ」と誘ってみたのである。長靴が怖いものではなくて、水まきをするのに必要な道具だとわからせるために、私も同じように長靴を履いてみせた。「ママと一緒だね! 」と言いながら安心したのか、じょうろを持ちたさに、長靴に自ら足を入れてくれたのだ。「靴下をはかずに、裸足でいいよ」と言われたのも新鮮だったようである。
裸足で履いてみたら、意外と気持ちがよかったようで、喜々として水まきをし、そのまま散歩へ出かけてしまったくらいだ。サイズもちょうどよかったようで、普段は15センチの靴を履いている息子だが、16センチの長靴でも、脱げることなく上手に歩けていた。
雨上がりの今日は、初めて水たまりで遊んだ。水たまりに映る自分の姿や、空や雲をじっと見つめ、バチャバチャと水しぶきをあげながら、何度も歩いていた。長靴なら水たまりに入れるし、汚しても怒られないとわかって、息子はニヤニヤが止まらない。
親として、一番長靴を履いてもらいたいシチュエーションは、水たまりではなく公園で砂遊びをするときなのだ。家に上がる前に靴の中やズボンの裾に入った砂を玄関で落とすのが毎回大変なので、砂よけのために長靴を履いてもらいたいのである。息子も、いつも遊んでいる途中で靴の中に入った砂が気になって嫌がるのだが、長靴の時は砂を気にせず夢中で遊べていたようだ。
2歳の息子はかなりの“やっせんぼ(鹿児島弁で弱虫の意味)”で、いろいろなものを怖がるのだが、なぜだかわからないが、長靴を怖がり試着させようとするだけで、泣き出してしまうほど嫌がっていた。
でも、鹿児島のばぁばが買ってくれたという特別感があったせいだろうか、梅雨入りを目前に最近ようやく履いてくれるようになった。
きっかけは、水遊びが大好きな息子に、じょうろを持たせ、「じょうろ持って、庭のネギに水をまきにいこうよ」と誘ってみたのである。長靴が怖いものではなくて、水まきをするのに必要な道具だとわからせるために、私も同じように長靴を履いてみせた。「ママと一緒だね! 」と言いながら安心したのか、じょうろを持ちたさに、長靴に自ら足を入れてくれたのだ。「靴下をはかずに、裸足でいいよ」と言われたのも新鮮だったようである。
裸足で履いてみたら、意外と気持ちがよかったようで、喜々として水まきをし、そのまま散歩へ出かけてしまったくらいだ。サイズもちょうどよかったようで、普段は15センチの靴を履いている息子だが、16センチの長靴でも、脱げることなく上手に歩けていた。
雨上がりの今日は、初めて水たまりで遊んだ。水たまりに映る自分の姿や、空や雲をじっと見つめ、バチャバチャと水しぶきをあげながら、何度も歩いていた。長靴なら水たまりに入れるし、汚しても怒られないとわかって、息子はニヤニヤが止まらない。
親として、一番長靴を履いてもらいたいシチュエーションは、水たまりではなく公園で砂遊びをするときなのだ。家に上がる前に靴の中やズボンの裾に入った砂を玄関で落とすのが毎回大変なので、砂よけのために長靴を履いてもらいたいのである。息子も、いつも遊んでいる途中で靴の中に入った砂が気になって嫌がるのだが、長靴の時は砂を気にせず夢中で遊べていたようだ。
2016年6月2日木曜日
2歳児がいる、わが家の「網戸」安全対策
わが家は古い木造の家で、網戸もかなり老朽化している。2歳の息子は、窓の外をのぞくのが大好きで、窓のカギをしょっちゅういじって勝手に開けてしまうので困ってしまう。
なので、先日ニュースで取り上げられていた事故のように、網戸をつきやぶっていつ子どもが転落してもおかしくない状況なのだ。
以前、市販の窓上部につける網戸ロックというものを買って試してみたのだが、接着のテープがゆるいのか? すぐに外れてしまいまったく使わないままお蔵入りとなった。
次に私が目をつけたのは、窓用の「防犯ロック」として売られているねじ式の金具だ。これは、窓の溝の部分に設置するだけという簡単な上に、ロックのねじも幼児の力では容易に回すことはできないという点でも安全だと考えたのだ。
そして、ロックのねじを、きつめに閉めることで、網戸も一緒に固定されて開かないということを発見した! これひとつで、“窓ロック兼網戸ロック”にもなるというわけだ。
わが家の場合、2階にベランダはないため、もし落ちたら屋根から転落して大けがは避けられない。死亡する可能性も大いにあるので、この窓用の防犯ロックは欠かせないアイテムとなった。網戸がない反対側の窓も2歳の息子は簡単に手が届き、引いて開けてしまうので、右側の窓も開かないように2個防犯ロックをつけている。
エアコンが必要のない今の時期や、空気の入れ替えをしたい時にも、この窓の防犯ロックがあるととても便利だ。
この防犯ロック、窓の上部分につけるタイプもあるが、金具自体がやや重いのであやまって上から落として、子どもがケガしてしまう可能性も考慮して、下につけるタイプのものを選んだ。また、値段もピンきりで800円するものから100円均一で売られているものまである。500円のものと100円のものを両方試してみたが、大差はなかったようだ。1階2階とたくさんの窓に設置しなければいけなかったので、100円の防犯ロックを買い足すことにした。
なので、先日ニュースで取り上げられていた事故のように、網戸をつきやぶっていつ子どもが転落してもおかしくない状況なのだ。
以前、市販の窓上部につける網戸ロックというものを買って試してみたのだが、接着のテープがゆるいのか? すぐに外れてしまいまったく使わないままお蔵入りとなった。
次に私が目をつけたのは、窓用の「防犯ロック」として売られているねじ式の金具だ。これは、窓の溝の部分に設置するだけという簡単な上に、ロックのねじも幼児の力では容易に回すことはできないという点でも安全だと考えたのだ。
そして、ロックのねじを、きつめに閉めることで、網戸も一緒に固定されて開かないということを発見した! これひとつで、“窓ロック兼網戸ロック”にもなるというわけだ。
わが家の場合、2階にベランダはないため、もし落ちたら屋根から転落して大けがは避けられない。死亡する可能性も大いにあるので、この窓用の防犯ロックは欠かせないアイテムとなった。網戸がない反対側の窓も2歳の息子は簡単に手が届き、引いて開けてしまうので、右側の窓も開かないように2個防犯ロックをつけている。
エアコンが必要のない今の時期や、空気の入れ替えをしたい時にも、この窓の防犯ロックがあるととても便利だ。
この防犯ロック、窓の上部分につけるタイプもあるが、金具自体がやや重いのであやまって上から落として、子どもがケガしてしまう可能性も考慮して、下につけるタイプのものを選んだ。また、値段もピンきりで800円するものから100円均一で売られているものまである。500円のものと100円のものを両方試してみたが、大差はなかったようだ。1階2階とたくさんの窓に設置しなければいけなかったので、100円の防犯ロックを買い足すことにした。
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| 写真:左が500円、右が100円のもの |
2016年5月28日土曜日
子連れ飛行機はつらいよ<2歳児篇>
5月中旬に、夫の故郷である鹿児島へ、2歳2ヵ月になったばかりの息子を連れて家族三人で2度目の飛行機旅をした。
私は連休中に“人生初のインフルエンザ”にかかってしまい、旅行をキャンセルするかどうかの瀬戸際に立たされたが、ほぼ自力で回復し、家族にうつすことなく、ぎりぎりセーフで無事に旅立つことができた。
一年前の帰省の時は、1歳2ヵ月でまだおっぱいを飲んでいて、機内でもわりとおとなしい息子だったが、いまや魔の2歳児となり、じっとしていられないので、一筋縄ではいかないことは覚悟していた。、1時間半のフライトは親にとっては、想像以上に過酷なものだった。
私と息子は、羽田にも近い実家で前泊して朝に夫が迎えに来るはずだったが、飛行機に乗る当日の通勤時間帯に電車が動かなくなるというアクシデントが発生! 私も電車はあきらめて、息子を連れてバスで直接空港へ向かうことにし、夫とも空港で待ち合わせることにした。
前泊して時間も余裕をもって準備して、じぃじばぁばも一緒に空港まで付き添ってくれたので、なんとか無事にたどり着けたが、夫も無事に着くのかわからず、ハラハラドキドキし過ぎて、空港へ着くだけで私は疲れきってしまった。
スカイマークのカウンターで、搭乗券を受け取り、荷物やベビーカーを預けて、搭乗口まで使えるベビーカーを借りて出発までの時間を過ごす。もう抱っこするには重すぎるので、ベビーカーは必須アイテムなのだ。
息子は、お土産コーナーなどの売店を見ていても、おもしろくないらしく、ぐずぐずし出したので飛行機でも見せたほうが喜ぶだろうと、搭乗口へと急いだ。
空港には何カ所かキッズスペースがあるが、搭乗口近くのキッズスペースのほうが、余裕を持って遊ばせられるのでオススメだ。他の子が遊んでいるのを見て刺激されたのか、初めて見る遊具に興味をしめしてしばらく夢中で遊んでくれた。
先輩ママが言うには、早めに空港のキッズスペースに来て、くたくたになるまで遊ばせて、飛行機に乗ったら疲れて寝るパターンが一番ラクだということだが、後から旅を振り返ってみると、もっとこの時にくたくたに遊ばせておくんだったと後悔した。
飛行機に乗ってから、一番の地獄だったのが飛行機が飛び立つ瞬間だった。なんともいえない場の緊張した空気感と、轟音に包まれて息子の恐怖はピークに達して、夫の肩にしがみつき、機内に響き渡る大声でギャン泣きしたのだ。無事に飛び立ってから、窓際の席で外の景色に気をそらせるものの、落ち着くまでに時間がかかった。
唯一息子がじっと静かにしていられたのは、ばぁばが用意してくれた機内食を食べている時と、以前ブログでも紹介した、新幹線のシールブックをやっている時だけだった。
私は連休中に“人生初のインフルエンザ”にかかってしまい、旅行をキャンセルするかどうかの瀬戸際に立たされたが、ほぼ自力で回復し、家族にうつすことなく、ぎりぎりセーフで無事に旅立つことができた。
一年前の帰省の時は、1歳2ヵ月でまだおっぱいを飲んでいて、機内でもわりとおとなしい息子だったが、いまや魔の2歳児となり、じっとしていられないので、一筋縄ではいかないことは覚悟していた。、1時間半のフライトは親にとっては、想像以上に過酷なものだった。
私と息子は、羽田にも近い実家で前泊して朝に夫が迎えに来るはずだったが、飛行機に乗る当日の通勤時間帯に電車が動かなくなるというアクシデントが発生! 私も電車はあきらめて、息子を連れてバスで直接空港へ向かうことにし、夫とも空港で待ち合わせることにした。
前泊して時間も余裕をもって準備して、じぃじばぁばも一緒に空港まで付き添ってくれたので、なんとか無事にたどり着けたが、夫も無事に着くのかわからず、ハラハラドキドキし過ぎて、空港へ着くだけで私は疲れきってしまった。
スカイマークのカウンターで、搭乗券を受け取り、荷物やベビーカーを預けて、搭乗口まで使えるベビーカーを借りて出発までの時間を過ごす。もう抱っこするには重すぎるので、ベビーカーは必須アイテムなのだ。
息子は、お土産コーナーなどの売店を見ていても、おもしろくないらしく、ぐずぐずし出したので飛行機でも見せたほうが喜ぶだろうと、搭乗口へと急いだ。
やはり乗り物好き男子なだけあって、飛行場で働く車や飛行機を見ていると、ちょっとおとなしくなる。それでも時間を持て余してしまうので、キッズスペースへ立ち寄ることにした。
空港には何カ所かキッズスペースがあるが、搭乗口近くのキッズスペースのほうが、余裕を持って遊ばせられるのでオススメだ。他の子が遊んでいるのを見て刺激されたのか、初めて見る遊具に興味をしめしてしばらく夢中で遊んでくれた。
先輩ママが言うには、早めに空港のキッズスペースに来て、くたくたになるまで遊ばせて、飛行機に乗ったら疲れて寝るパターンが一番ラクだということだが、後から旅を振り返ってみると、もっとこの時にくたくたに遊ばせておくんだったと後悔した。
飛行機に乗ってから、一番の地獄だったのが飛行機が飛び立つ瞬間だった。なんともいえない場の緊張した空気感と、轟音に包まれて息子の恐怖はピークに達して、夫の肩にしがみつき、機内に響き渡る大声でギャン泣きしたのだ。無事に飛び立ってから、窓際の席で外の景色に気をそらせるものの、落ち着くまでに時間がかかった。
唯一息子がじっと静かにしていられたのは、ばぁばが用意してくれた機内食を食べている時と、以前ブログでも紹介した、新幹線のシールブックをやっている時だけだった。
1歳の時には、よくわからなかった気圧の変化による耳の痛さも、2歳になった時のほうがわかったようで痛いと自分で訴えてきた。持ってきたストローマグのお茶を飲ませたり、お菓子を食べさせたり、キャンディをなめさせたりして、対策をとった。キャンディは、この時初めてなめさせたのだが、飲み込まずに上手になめてくれたので、助かった。
3席並んだシートで、通路側の1席は家族以外の人が乗っていたので、親はその人への気遣いで疲れてしまったところもある。来年は、子ども料金を払ってでももう1席欲しいというのが、正直なところだ。自分で座ってみたり、寝っ転がることもできるので、それだけで、だいぶ子連れ飛行機の旅はラクになるだろう。
人生2度目の飛行機の旅も、終わってみれば楽しかったようで、今は飛行機ごっこをしながら家や公園をビューンと元気よく走り回っている。
2016年4月26日火曜日
“怖さ”とのつきあい方
2歳近くになってから、息子は急にいろいろなものを怖がるようになった。
ひとつめは、高さの恐怖だ。
高いすべり台は、大人が一緒に滑ってやっても怖がる。最近は夫の肩車や高い高いも怖いと言う。
ふたつめは、大きな音への恐怖だ。
以前はダメだった掃除機の音には、もう慣れて大丈夫になったのだが、道を歩いていて、草を刈るような機械音やバイクの音、ガラガラというシャッター音を怖がる。
みっつめは、大きさの恐怖だ。
大きめの遊具を怖がったり、たまたま乗せてもらった消防車の大きさに驚いて大泣きしてしまった。消防車は大好きなのに・・・・・・。それ以降、消防車を見るたびに「しょうぼうしゃのってないちゃったねー」と息子は言う。写真は大きい布の下に入るのを嫌がっている。
よっつめは、知らないものへの恐怖だ。
人見知りはしないタイプで愛嬌がいいのだが、雰囲気が悪い人や、触ったことのない動物や、虫などを怖がる。写真は初めて触る猫におびえながら近づいているところ。
いろいろと怖がるものが出てきて、私にしがみついてきたり、泣いたり、嫌がったりするが、そういう「怖さ」を知るというのは、いい経験だし、怖がらないでいきなり高いところから飛び降りてしまったり、車にひかれてしまったり、犬に噛みつかれてしまったり、といった事故も防げるのではないだろうか。地震などの自然災害もいつ起こるかわからないので、自分の命をきちんと守れるように、夫とも、息子は怖がりくらいがちょうどいいねと話している。
今日は試しに公園で歩いている時に、木の後ろに隠れて、一人になった時に息子がどういう反応をするか試してみた。
しばらくして、私がいないことに気が付き、あたりをきょろきょろ見回してから、「ママー! 」と泣きそうな顔で大きな声を出して探してくれた。
木から出て、息子にここだよー!と告げると、猛ダッシュで走り寄ってきた。息子にゴメンとあやまりつつも、「もし、ママがいなくなっちゃった時は、今みたいにちゃんと大きな声で呼ぶんだよ。そしたら、誰かが助けてくれるから」そう、教えてあげた。
ひとつめは、高さの恐怖だ。
高いすべり台は、大人が一緒に滑ってやっても怖がる。最近は夫の肩車や高い高いも怖いと言う。
ふたつめは、大きな音への恐怖だ。
以前はダメだった掃除機の音には、もう慣れて大丈夫になったのだが、道を歩いていて、草を刈るような機械音やバイクの音、ガラガラというシャッター音を怖がる。
みっつめは、大きさの恐怖だ。
大きめの遊具を怖がったり、たまたま乗せてもらった消防車の大きさに驚いて大泣きしてしまった。消防車は大好きなのに・・・・・・。それ以降、消防車を見るたびに「しょうぼうしゃのってないちゃったねー」と息子は言う。写真は大きい布の下に入るのを嫌がっている。
よっつめは、知らないものへの恐怖だ。
人見知りはしないタイプで愛嬌がいいのだが、雰囲気が悪い人や、触ったことのない動物や、虫などを怖がる。写真は初めて触る猫におびえながら近づいているところ。
いろいろと怖がるものが出てきて、私にしがみついてきたり、泣いたり、嫌がったりするが、そういう「怖さ」を知るというのは、いい経験だし、怖がらないでいきなり高いところから飛び降りてしまったり、車にひかれてしまったり、犬に噛みつかれてしまったり、といった事故も防げるのではないだろうか。地震などの自然災害もいつ起こるかわからないので、自分の命をきちんと守れるように、夫とも、息子は怖がりくらいがちょうどいいねと話している。
今日は試しに公園で歩いている時に、木の後ろに隠れて、一人になった時に息子がどういう反応をするか試してみた。
しばらくして、私がいないことに気が付き、あたりをきょろきょろ見回してから、「ママー! 」と泣きそうな顔で大きな声を出して探してくれた。
木から出て、息子にここだよー!と告げると、猛ダッシュで走り寄ってきた。息子にゴメンとあやまりつつも、「もし、ママがいなくなっちゃった時は、今みたいにちゃんと大きな声で呼ぶんだよ。そしたら、誰かが助けてくれるから」そう、教えてあげた。
2016年4月21日木曜日
ケガが絶えない2歳児
歩きや走りは、だいぶ安定感がでてきたものの、息子は日常でのケガが絶えないおっちょこちょいな2歳1ヵ月である。
一番困るのは、よそ見して歩くこと。
先日も、部屋で遊んでいる時に、オモチャを取りに行こうとして、よそ見をしながら歩いていて、大きな柱の角におでこをぶつけたんこぶをつくった。おでこを打った直後に見てみると、木の柱の跡が縦に青くスジが入っていて、焦った。走ってもっと勢いがついていたら、おでこがパックリ割れて流血していただろう。
なので、家でも外でも歩いていて、よそ見して危なっかしい息子に、私はしょっちゅう「前見て! 」を連発することになる。他にも「そこ段あるからね」「自転車とか車が急に来るから、ちゃんと右左をよく見てからね」などと、注意している。
最近は、ダイニングテーブルの大人の椅子に自力でよじ登れるようになり、隙あらば一人で座ってしまう。ただ座っているだけならまだいいが、そこから降りることができず、落ちるのが困る。先日も、私がお湯をポットに入れている隙に、椅子に登り顔面から落ちた。幸いフローリングにホットカーペットが敷いてあったので、それがクッションになり衝撃がやわらいでケガはなかった。
また、椅子を押し車のようにして動かすのも好きで、しつこく椅子で遊ぶ。ガラス窓のところにガンガン押し付けたりして、何度注意してもやめず、本当に危なそうな場合は、椅子を通路に出しておくしか今のところ解決法がない。
イヤイヤ期が日に日にエスカレートしている息子は、着替えるのが嫌な時や、お風呂に入るのが嫌な時には、いつもダイニングテーブルの下に隠れるのだが、そこから出る時にも立ち上がるタイミングを間違えて、出口付近で頭を木の机によくぶつけている。何度もやっているので、いい加減に学習してほしいものだが、ゴンゴンぶつけては泣いている。
2歳児だけではないが、小さい子をもつ親はケガや事故が起こらないかと、常にハラハラさせられ、心臓がいくつあっても足りない。男の子はワンパクなので、少々のケガは仕方がないと覚悟しているが、できるだけ安全運転をお願いしたいものだ。
一番困るのは、よそ見して歩くこと。
先日も、部屋で遊んでいる時に、オモチャを取りに行こうとして、よそ見をしながら歩いていて、大きな柱の角におでこをぶつけたんこぶをつくった。おでこを打った直後に見てみると、木の柱の跡が縦に青くスジが入っていて、焦った。走ってもっと勢いがついていたら、おでこがパックリ割れて流血していただろう。
なので、家でも外でも歩いていて、よそ見して危なっかしい息子に、私はしょっちゅう「前見て! 」を連発することになる。他にも「そこ段あるからね」「自転車とか車が急に来るから、ちゃんと右左をよく見てからね」などと、注意している。
最近は、ダイニングテーブルの大人の椅子に自力でよじ登れるようになり、隙あらば一人で座ってしまう。ただ座っているだけならまだいいが、そこから降りることができず、落ちるのが困る。先日も、私がお湯をポットに入れている隙に、椅子に登り顔面から落ちた。幸いフローリングにホットカーペットが敷いてあったので、それがクッションになり衝撃がやわらいでケガはなかった。
また、椅子を押し車のようにして動かすのも好きで、しつこく椅子で遊ぶ。ガラス窓のところにガンガン押し付けたりして、何度注意してもやめず、本当に危なそうな場合は、椅子を通路に出しておくしか今のところ解決法がない。
イヤイヤ期が日に日にエスカレートしている息子は、着替えるのが嫌な時や、お風呂に入るのが嫌な時には、いつもダイニングテーブルの下に隠れるのだが、そこから出る時にも立ち上がるタイミングを間違えて、出口付近で頭を木の机によくぶつけている。何度もやっているので、いい加減に学習してほしいものだが、ゴンゴンぶつけては泣いている。
2歳児だけではないが、小さい子をもつ親はケガや事故が起こらないかと、常にハラハラさせられ、心臓がいくつあっても足りない。男の子はワンパクなので、少々のケガは仕方がないと覚悟しているが、できるだけ安全運転をお願いしたいものだ。
2016年3月4日金曜日
好きな食べ物の余韻に浸る
まもなく2歳になる息子は、最近食べ物の余韻に浸ることを覚えてしまった。
毎日のように昼ごはん後に食べている、「みかん」の薄皮をクチャクチャと噛み、なかなか飲み込もうとしないのだ。明らかに余韻を楽しんでいる様子。
私が飲み物を差し出して、「クチャクチャしていると、おいしくないから、飲み込みなさい」と注意するのだが、なかなか聞いてくれない。しまいには、「みかんですよ~」などと言ってふざけて笑っているのだ。
みかんの他に、口の中に入れて飲み込もうとしないのが、「スコーン」。こちらは私が手作りするおやつで、息子は「おこーん」と呼んで愛している。スコーンは、粉がドロドロになった状態で口の中に入れっぱなしにするので、厄介だ。ふざけて吐き出そうものなら、床が大変なことになってしまう。
2歳児特有のイヤイヤ期が始まっているので、素直に親の言うことを聞いてくれず、あまのじゃくぶりりも発揮して、パパとママは手をやいている。
かなりの回数を焼いているスコーンは、だいぶコツをつかんできた。最近は、オレンジジュース入りで作るチョコチップスコーンがヒットだった。今日は、抹茶パウダーを入れて抹茶スコーンを焼いてみた。抹茶の風味が口の中に広がって春らしい。やはり息子は、抹茶の余韻に浸るのだろうか?
毎日のように昼ごはん後に食べている、「みかん」の薄皮をクチャクチャと噛み、なかなか飲み込もうとしないのだ。明らかに余韻を楽しんでいる様子。
私が飲み物を差し出して、「クチャクチャしていると、おいしくないから、飲み込みなさい」と注意するのだが、なかなか聞いてくれない。しまいには、「みかんですよ~」などと言ってふざけて笑っているのだ。
みかんの他に、口の中に入れて飲み込もうとしないのが、「スコーン」。こちらは私が手作りするおやつで、息子は「おこーん」と呼んで愛している。スコーンは、粉がドロドロになった状態で口の中に入れっぱなしにするので、厄介だ。ふざけて吐き出そうものなら、床が大変なことになってしまう。
2歳児特有のイヤイヤ期が始まっているので、素直に親の言うことを聞いてくれず、あまのじゃくぶりりも発揮して、パパとママは手をやいている。
かなりの回数を焼いているスコーンは、だいぶコツをつかんできた。最近は、オレンジジュース入りで作るチョコチップスコーンがヒットだった。今日は、抹茶パウダーを入れて抹茶スコーンを焼いてみた。抹茶の風味が口の中に広がって春らしい。やはり息子は、抹茶の余韻に浸るのだろうか?
2016年2月12日金曜日
かじられる事件発生!
息子が隣で夜寝ている時に、かけ布団を引っ張るようなしぐさをしていた。どうやら口にくわえて引っ張っているようだったので、「噛んじゃダメだよ」と注意したことが何度かあった。
ある朝、布団を上げようとしたら、布団カバーに5つも穴が開いていたのだった。一番大きい穴は、15センチくらいはあった。麻のお気に入りの布団カバーは、無残にも息子にかじられ、引き裂かれてしまったのである・・・・・・。
布団をかじられる事件の前にも、息子には前科があった。
ストロー付きのマグカップで、お茶を飲んでいるのだが、やけに長い時間飲んでいるなと思って、取り上げてみると、なんとストローがかじりとられて欠けていた。欠けた部分は、おそらく飲み込んだのだろう。気づいた時には、口の中にも床にもなかった。そのストローは、けっこう太めのしっかりしたストローなのにと、息子の歯の力には驚かされる。
うっかり噛みつかれないように、注意しなくては!
ある朝、布団を上げようとしたら、布団カバーに5つも穴が開いていたのだった。一番大きい穴は、15センチくらいはあった。麻のお気に入りの布団カバーは、無残にも息子にかじられ、引き裂かれてしまったのである・・・・・・。
布団をかじられる事件の前にも、息子には前科があった。
ストロー付きのマグカップで、お茶を飲んでいるのだが、やけに長い時間飲んでいるなと思って、取り上げてみると、なんとストローがかじりとられて欠けていた。欠けた部分は、おそらく飲み込んだのだろう。気づいた時には、口の中にも床にもなかった。そのストローは、けっこう太めのしっかりしたストローなのにと、息子の歯の力には驚かされる。
うっかり噛みつかれないように、注意しなくては!
2016年2月3日水曜日
結婚すれば、本当に夫を所有できるのか?
1歳10ヵ月の息子は、“カッコイイブーブ”に夢中だ。
でも、世の中にはいろんな種類のカッコイイブーブがあり、あっちもいい、こっちもいいと、目移りしてしまう。それゆえ、息子は両手にブーブを持ち、その周りにも好きなブーブを並べて遊んでいる。
もしも、お友達が息子のブーブに手を出そうものなら、自分のものだと主張し、キーキー声を上げて怒るだろう。
このブーブを、「彼」に置き換えてみよう。
愛する彼を他の女に取られようものなら、付き合っていた女は怒り出し相手を責めるかもしれない。でも、付き合っている時点では、彼が他の女のところに行ってしまっても、それは相手が「心変わり」しただけで、別れてしまっても問題はないはずだ。女は「失恋」したということになる。
これが、結婚という手続きをとってしまっている状態で、他の女に取られた場合、それは「不倫」と呼ばれ、奪った女が責められ、あたかも妻に夫の所有権があるかのように、主張するのは本当に正しいのだろうか?
結婚すれば、夫を所有できるなんて、おかしな話だ。
人の心を、結婚というしばりで、独占することはできない。
息子がカッコイイブーブーに、いろいろ目移りするように、人の心もその時々で変わっていくのが当然だ。途中で飽きてしまい、手放すことだってあり得る。
運命の赤い糸で一度結ばれれば終わりではなくて、ほどけたり、離れたり、戻ってきてまた結ばれたり、別のひもが現れたり、変化するのが普通ではないだろうか。
結婚という手続きがあろうとなかろうと、お互いを信頼して寄り添って進むのが夫婦であり、結婚というものの本質だ。お互いの自由を認め、束縛せずに、つかず離れずいるのが”夫婦の定義”に近い気がする。
子どもの遊びの話に戻るが、みんなの遊び場で、誰かが先に使っているオモチャを他の子が使いたい場合、「かして」と言ってコミュニケーションするのが普通だ。
先に使っていた子は、「やだ、だめ!」と言って独り占めすることは本来許されない。みんなのオモチャであるからだ。順番に遊ぶことが周りにいる大人たちによって促されるだろう。
でも、楽しくて遊んでいるからもう少し使いたいという気持ちは認められる。そういった場合は、「あとで」ということができる。
夫だと思っいる人も、みんなのものという風に考え直してみると、「かして」「あとで」という平和的なコミュニケーションも、成り立つのかもしれない。
でも、世の中にはいろんな種類のカッコイイブーブがあり、あっちもいい、こっちもいいと、目移りしてしまう。それゆえ、息子は両手にブーブを持ち、その周りにも好きなブーブを並べて遊んでいる。
もしも、お友達が息子のブーブに手を出そうものなら、自分のものだと主張し、キーキー声を上げて怒るだろう。
このブーブを、「彼」に置き換えてみよう。
愛する彼を他の女に取られようものなら、付き合っていた女は怒り出し相手を責めるかもしれない。でも、付き合っている時点では、彼が他の女のところに行ってしまっても、それは相手が「心変わり」しただけで、別れてしまっても問題はないはずだ。女は「失恋」したということになる。
これが、結婚という手続きをとってしまっている状態で、他の女に取られた場合、それは「不倫」と呼ばれ、奪った女が責められ、あたかも妻に夫の所有権があるかのように、主張するのは本当に正しいのだろうか?
結婚すれば、夫を所有できるなんて、おかしな話だ。
人の心を、結婚というしばりで、独占することはできない。
息子がカッコイイブーブーに、いろいろ目移りするように、人の心もその時々で変わっていくのが当然だ。途中で飽きてしまい、手放すことだってあり得る。
運命の赤い糸で一度結ばれれば終わりではなくて、ほどけたり、離れたり、戻ってきてまた結ばれたり、別のひもが現れたり、変化するのが普通ではないだろうか。
結婚という手続きがあろうとなかろうと、お互いを信頼して寄り添って進むのが夫婦であり、結婚というものの本質だ。お互いの自由を認め、束縛せずに、つかず離れずいるのが”夫婦の定義”に近い気がする。
子どもの遊びの話に戻るが、みんなの遊び場で、誰かが先に使っているオモチャを他の子が使いたい場合、「かして」と言ってコミュニケーションするのが普通だ。
先に使っていた子は、「やだ、だめ!」と言って独り占めすることは本来許されない。みんなのオモチャであるからだ。順番に遊ぶことが周りにいる大人たちによって促されるだろう。
でも、楽しくて遊んでいるからもう少し使いたいという気持ちは認められる。そういった場合は、「あとで」ということができる。
夫だと思っいる人も、みんなのものという風に考え直してみると、「かして」「あとで」という平和的なコミュニケーションも、成り立つのかもしれない。
2016年2月2日火曜日
“赤ちゃん洗い”を卒業できない息子と、お風呂の友達
お風呂は好きなのだが、頭からシャワーのお湯をかけられるのが大嫌いな息子。毎回ものすごく泣き叫ばれるので、1歳10ヵ月の今でもひざの上に息子を抱きかかえてガーゼで洗い流す“赤ちゃん洗い”をしなければいけないのが、私の苦行のひとつである。
先輩ママに聞くと、「慣れたら平気になるから、容赦なくジャバジャバとお湯をかけたほうがいい」とアドバイスされるのだが、泣くとかわいそうで、躊躇してしまうのだ。
わが家のシャワーは、強弱の調整ができないタイプなので、いきなりシャワーで流すのは無理そうだ。桶にお湯を入れてかけるのもいいが、ちょろちょろかけるにはコントロールが難しい。子ども用のじょうろのようなものがないかな? と探していて見つけたお風呂グッズが、トイローヤルというメーカーの「おふろでジャージャーカップ」だ。
カラフルなクジラ、カニ、キンギョ、水車の大きさ違いのカップがあり、おなかに書かれた数字と同じ数の小さな穴が開いているので、じょうろのようにして遊べる。ぷかぷかとお湯の中で浮かぶ設計になっているので、足で踏んでしまうこともなく安全だ。反対にして順に重ねると、タワーのようにすることもできる。
少しでもシャワーに慣れさせたい私は、湯船につかっている間に、一番大きなクジラのカップを使って、3個の穴から出てくるちょろちょろとしたお湯を、頭からかけてやる。息子はかなり嫌がって苦痛な表情を見せるが、なんとかぎりぎり耐えられるようである。
息子は、このオモチャのおかげで、クジラちゃん、カニちゃん、キンギョちゃん、水車ちゃんという名前を言えるようになり、大きい順に重ねて入れて片づけをすることも覚えた。
どうにか慣らして、今年の夏くらいまでには、顔にお湯や水がかかっても泣かない子になってほしいとママは願っている。
先輩ママに聞くと、「慣れたら平気になるから、容赦なくジャバジャバとお湯をかけたほうがいい」とアドバイスされるのだが、泣くとかわいそうで、躊躇してしまうのだ。
わが家のシャワーは、強弱の調整ができないタイプなので、いきなりシャワーで流すのは無理そうだ。桶にお湯を入れてかけるのもいいが、ちょろちょろかけるにはコントロールが難しい。子ども用のじょうろのようなものがないかな? と探していて見つけたお風呂グッズが、トイローヤルというメーカーの「おふろでジャージャーカップ」だ。
カラフルなクジラ、カニ、キンギョ、水車の大きさ違いのカップがあり、おなかに書かれた数字と同じ数の小さな穴が開いているので、じょうろのようにして遊べる。ぷかぷかとお湯の中で浮かぶ設計になっているので、足で踏んでしまうこともなく安全だ。反対にして順に重ねると、タワーのようにすることもできる。
少しでもシャワーに慣れさせたい私は、湯船につかっている間に、一番大きなクジラのカップを使って、3個の穴から出てくるちょろちょろとしたお湯を、頭からかけてやる。息子はかなり嫌がって苦痛な表情を見せるが、なんとかぎりぎり耐えられるようである。
息子は、このオモチャのおかげで、クジラちゃん、カニちゃん、キンギョちゃん、水車ちゃんという名前を言えるようになり、大きい順に重ねて入れて片づけをすることも覚えた。
どうにか慣らして、今年の夏くらいまでには、顔にお湯や水がかかっても泣かない子になってほしいとママは願っている。
2016年1月30日土曜日
息子の重さをしみじみ味わう、にんげんのおかあさん
雨や雪などの天気が悪い日の子連れのお出かけは、一苦労だ。
普段はベビーカーで出かけているが、久しぶりに抱っこ紐を使って出かけた。1歳10ヵ月の息子は、12キロくらいある(1歳半検診以降計っていないので、おおよそ)。生まれた時が3キロちょっとだから、4倍になっているのだ。どうりで重いはずだ。
エルゴの抱っこ紐は、肩にに食い込み腰にかかる負担もかなり増している。背中には、リュックを背負う。息子の着替えやオムツ、昼ご飯やおやつ、二人分の水やお茶も入っている。前後から重さが容赦なく襲ってくる。
コートを羽織り、傘をさして歩いていると、この寒さの中でも汗ばむくらいだ。家のまわりは坂道が多いので、息子を抱っこし上っていると登山をしているような気分だ。
そんな苦行の中、ふと息子の顔をのぞいてみると、妙にうれしそうな顔をしている。抱っこされて暖かいせいか、ときどきうとうと寝ている。私の心音を聞くと安心するのだろう、耳を胸につけていつの間にかすやすや眠る。
こんな姿を見ていると、赤ちゃん時代にタイムスリップしたかのようなうっとりした気分になる。
「あっという間に、抱っこなんかさせてもらえなくなるよ、今のうちだよ! 」という、先輩ママの言葉を思い出す。そう、今のうちだ。
最近の息子は、甘えん坊が加速して「ママ、ガッコー(抱っこ)、ギューッて!」と言って、毎晩私にくっついて眠らないと気が済まない。私が隣に寝ているだけではダメで、後ろ向きで抱きしめてやらないと、泣き叫んで寝ない。うんざりする。私はなかなか寝返りもうてず、ぐっすり眠れないのだ。
そんな息子の抱っこしてほしい気持ちに寄り添う絵本が、わが家にやってきた。
まだ息子が赤ちゃん時代に図書館で借りて気に入っていた一冊だったのだが、夫が古本屋で見つけてきてくれたのだ。『どうぶつのおかあさん』(福音館書店)に出てくる動物の名前も、今ではもうほとんど言えるようになった。ゾウが出てくるページでは、お気に入りのパオーンちゃん(ゾウのパペット)を抱きしめながら見ている。
私は、この絵本に出てくる動物のお母さんのマネをして、ネコのように首根っこをつまんでみたり、ライオンのようにパクッと頭にかぶりつくマネをしたり、コアラのようにおんぶしてみたりして、息子とじゃれあって遊ぶのが好きだ。
にんげんのおかあさんも、どうぶつのおかあさんも、根本的にはそんなに違いはないようである。
私は、りりしい顔をした絵本のなかのおかあさんの姿に、ページをめくるたびに励まされている。抱っこ紐もベビーカーがなくても、なんとかなる。いざとなれば、この身ひとつさえあれば、子どもを抱きかかえ、おんぶし、安全なところまで命を運ぶことができるのだと。
普段はベビーカーで出かけているが、久しぶりに抱っこ紐を使って出かけた。1歳10ヵ月の息子は、12キロくらいある(1歳半検診以降計っていないので、おおよそ)。生まれた時が3キロちょっとだから、4倍になっているのだ。どうりで重いはずだ。
エルゴの抱っこ紐は、肩にに食い込み腰にかかる負担もかなり増している。背中には、リュックを背負う。息子の着替えやオムツ、昼ご飯やおやつ、二人分の水やお茶も入っている。前後から重さが容赦なく襲ってくる。
コートを羽織り、傘をさして歩いていると、この寒さの中でも汗ばむくらいだ。家のまわりは坂道が多いので、息子を抱っこし上っていると登山をしているような気分だ。
そんな苦行の中、ふと息子の顔をのぞいてみると、妙にうれしそうな顔をしている。抱っこされて暖かいせいか、ときどきうとうと寝ている。私の心音を聞くと安心するのだろう、耳を胸につけていつの間にかすやすや眠る。
こんな姿を見ていると、赤ちゃん時代にタイムスリップしたかのようなうっとりした気分になる。
「あっという間に、抱っこなんかさせてもらえなくなるよ、今のうちだよ! 」という、先輩ママの言葉を思い出す。そう、今のうちだ。
最近の息子は、甘えん坊が加速して「ママ、ガッコー(抱っこ)、ギューッて!」と言って、毎晩私にくっついて眠らないと気が済まない。私が隣に寝ているだけではダメで、後ろ向きで抱きしめてやらないと、泣き叫んで寝ない。うんざりする。私はなかなか寝返りもうてず、ぐっすり眠れないのだ。
そんな息子の抱っこしてほしい気持ちに寄り添う絵本が、わが家にやってきた。
まだ息子が赤ちゃん時代に図書館で借りて気に入っていた一冊だったのだが、夫が古本屋で見つけてきてくれたのだ。『どうぶつのおかあさん』(福音館書店)に出てくる動物の名前も、今ではもうほとんど言えるようになった。ゾウが出てくるページでは、お気に入りのパオーンちゃん(ゾウのパペット)を抱きしめながら見ている。
私は、この絵本に出てくる動物のお母さんのマネをして、ネコのように首根っこをつまんでみたり、ライオンのようにパクッと頭にかぶりつくマネをしたり、コアラのようにおんぶしてみたりして、息子とじゃれあって遊ぶのが好きだ。
にんげんのおかあさんも、どうぶつのおかあさんも、根本的にはそんなに違いはないようである。
私は、りりしい顔をした絵本のなかのおかあさんの姿に、ページをめくるたびに励まされている。抱っこ紐もベビーカーがなくても、なんとかなる。いざとなれば、この身ひとつさえあれば、子どもを抱きかかえ、おんぶし、安全なところまで命を運ぶことができるのだと。
2016年1月22日金曜日
魔の2歳児、前夜
息子は今年の3月で2歳になる。ついこの間生まれたばかりだと思っていたが、あっという間に“魔の2歳児”と言われる嵐の季節に入ろうとしている。
すでに“前夜的期間”に入ったのだろう、自分の思う通りにいかないと「キーーー!」と奇声をあげ、親を叩いたりする。
最近は、おまるでおしっこをするのも、お風呂に入るのも、歯磨きをするのも、一度はやらないと首を振って嫌がり、「じゃ、やらなくていいよ」とこちらが言うと、やっぱりやる~という感じで怒ってひと暴れする。いわゆるアマノジャクというやつだ。
先日公園へ遊びに行った時にも、「かえる」と言ったのに、帰っている途中で「だい(すべりだい)いく~」と叫んで、道で地面に座り込んで泣いて手がつけられなくなった。ベビーカーを持っていなかったので、私が力づくで抱えて帰ったのだが、息子は泣き叫んでいるので私はまるで誘拐犯のように見られていたのではないだろうか。
遊びに行くのも行きはよいよい、帰りは怖い。帰るタイミングというのは、本当に難しいなと思う。寒くなければ、もうちょっと長く遊びに付き合ってあげてもいいが、大人も冷え切ってしまう寒さだ。ごはんの支度もあるし、なかなか付き合いきれない。
写真は、息子が滑りたいと泣き叫んだ、近所の滑り台の頂上部分。パパと一緒に思う存分遊べたので、このニコちゃんマークのような、いい笑顔が見れた。
すでに“前夜的期間”に入ったのだろう、自分の思う通りにいかないと「キーーー!」と奇声をあげ、親を叩いたりする。
最近は、おまるでおしっこをするのも、お風呂に入るのも、歯磨きをするのも、一度はやらないと首を振って嫌がり、「じゃ、やらなくていいよ」とこちらが言うと、やっぱりやる~という感じで怒ってひと暴れする。いわゆるアマノジャクというやつだ。
先日公園へ遊びに行った時にも、「かえる」と言ったのに、帰っている途中で「だい(すべりだい)いく~」と叫んで、道で地面に座り込んで泣いて手がつけられなくなった。ベビーカーを持っていなかったので、私が力づくで抱えて帰ったのだが、息子は泣き叫んでいるので私はまるで誘拐犯のように見られていたのではないだろうか。
遊びに行くのも行きはよいよい、帰りは怖い。帰るタイミングというのは、本当に難しいなと思う。寒くなければ、もうちょっと長く遊びに付き合ってあげてもいいが、大人も冷え切ってしまう寒さだ。ごはんの支度もあるし、なかなか付き合いきれない。
写真は、息子が滑りたいと泣き叫んだ、近所の滑り台の頂上部分。パパと一緒に思う存分遊べたので、このニコちゃんマークのような、いい笑顔が見れた。
2016年1月19日火曜日
二人目ラッシュに揺れる、オンナゴコロ
世の中は、某アイドルグループの解散騒動、生番組での謝罪などを受けて、あっちこっちで好き勝手な事を言って盛り上がっているようだ。
ニュースで報道されるような大騒動にはならないものの、子育てをしているママの周りでは常に小さな騒動が起こっている。
そのひとつが“二人目ラッシュ”と言われる騒動だろう。
私の数ヵ月前に一人目を出産した先輩ママたちが、昨年の夏から冬にかけて一気に2人目ラッシュに突入した。大きなお腹をかかえて、ちょろちょろ動きまわるようになった上の子を連れて、買い物や公園へ行く姿をたびたび見かけた。
子どもたちの集まりなどでちょっと見かけない時期があり、久しぶりに会ったと思ったら、もう臨月状態で、「え~いつの間に!!」という感じなので、あっけに取られてまう。
今までは若めの先輩ママの二人目ラッシュだったので、まだ衝撃は少なかったが、年齢も近い一番身近なママ友にも二人目ラッシュの波が押し寄せてきたので、「おぉ~ついにここまで来てしまったか!!」と、一気に現実を突き付けられ、「乗り遅れにご注意ください、ドア閉まります!」という車掌さんの声と発車ベルが高々と鳴り響く音が聞こえたような気がした。
若いママは体力があるので、一人目の子育ても落ち着かないうちに、さっさと二人目のことを考えられるのだろうが、私のように高齢出産で一人目を産んでいるような場合、いろいろと考えてしまい二人目に踏み切れないという話をよく聞く。
子育てをしていく体力があるのかどうか、出産や育児にはまとまったお金も必要になるので、経済的な不安や住環境などの問題もあるのだろう。
そんなことを先輩ママに話すと、だいたい「そんなこと考えてたら、いつまでたっても子どもなんて産めないよ、勢いだからね」などと一喝されてしまう。いろんな準備が整ったら、産むのかと言われると、たしかにそうでもない気がする。
私の場合、一人っ子でかわいそうだから二人目を産むという考えは一切ない。そこらへんに子どもはいっぱいいるのだから、なにも“きょうだい”という血のつながりにこだわる必要もないし、きょうだいのように友達と仲良く遊べば寂しくはないじゃないかと思うくらいだ。
親としては一人っ子のほうが、じっくり子育ての過程を楽しめていい気もするし、ケンカや争い事も少なく済むかもしれないなどと考える。
なのに、産むべきか、産まざるべきか・・・・・・の間を行ったり来たりしてしまう。
幸せだった妊婦時代のマタニティウェアは名残惜しくて捨てられず、息子のかわいかった赤ちゃん時代を思い出し、ニヤニヤしてみたり、もし、次は女の子だったらなどと、あれこれ妄想したりしてしまうものなのだ。
”産める機能”が残っているオンナ”というのは、欲深く、厄介な生き物なのである。
冒頭の写真は、先日雪が降った時に私が作った雪うさぎ。今は三人家族なので3個作ったのだが、今朝起きてみたら、葉っぱと赤い実だけ残して、お盆の上は水たまりだけになってうさぎは姿を消していた。なんともシュールな絵であった。
家族は一人でも、二人でも、三人でも、四人でも人数に関係なく立派な家族なのだ。溶け合えばすべてひとつで、家族というかけがえのない時間を共に過ごす、小さな共同体(サークル)に過ぎないのだろう。
ニュースで報道されるような大騒動にはならないものの、子育てをしているママの周りでは常に小さな騒動が起こっている。
そのひとつが“二人目ラッシュ”と言われる騒動だろう。
私の数ヵ月前に一人目を出産した先輩ママたちが、昨年の夏から冬にかけて一気に2人目ラッシュに突入した。大きなお腹をかかえて、ちょろちょろ動きまわるようになった上の子を連れて、買い物や公園へ行く姿をたびたび見かけた。
子どもたちの集まりなどでちょっと見かけない時期があり、久しぶりに会ったと思ったら、もう臨月状態で、「え~いつの間に!!」という感じなので、あっけに取られてまう。
今までは若めの先輩ママの二人目ラッシュだったので、まだ衝撃は少なかったが、年齢も近い一番身近なママ友にも二人目ラッシュの波が押し寄せてきたので、「おぉ~ついにここまで来てしまったか!!」と、一気に現実を突き付けられ、「乗り遅れにご注意ください、ドア閉まります!」という車掌さんの声と発車ベルが高々と鳴り響く音が聞こえたような気がした。
若いママは体力があるので、一人目の子育ても落ち着かないうちに、さっさと二人目のことを考えられるのだろうが、私のように高齢出産で一人目を産んでいるような場合、いろいろと考えてしまい二人目に踏み切れないという話をよく聞く。
子育てをしていく体力があるのかどうか、出産や育児にはまとまったお金も必要になるので、経済的な不安や住環境などの問題もあるのだろう。
そんなことを先輩ママに話すと、だいたい「そんなこと考えてたら、いつまでたっても子どもなんて産めないよ、勢いだからね」などと一喝されてしまう。いろんな準備が整ったら、産むのかと言われると、たしかにそうでもない気がする。
私の場合、一人っ子でかわいそうだから二人目を産むという考えは一切ない。そこらへんに子どもはいっぱいいるのだから、なにも“きょうだい”という血のつながりにこだわる必要もないし、きょうだいのように友達と仲良く遊べば寂しくはないじゃないかと思うくらいだ。
親としては一人っ子のほうが、じっくり子育ての過程を楽しめていい気もするし、ケンカや争い事も少なく済むかもしれないなどと考える。
なのに、産むべきか、産まざるべきか・・・・・・の間を行ったり来たりしてしまう。
幸せだった妊婦時代のマタニティウェアは名残惜しくて捨てられず、息子のかわいかった赤ちゃん時代を思い出し、ニヤニヤしてみたり、もし、次は女の子だったらなどと、あれこれ妄想したりしてしまうものなのだ。
”産める機能”が残っているオンナ”というのは、欲深く、厄介な生き物なのである。
冒頭の写真は、先日雪が降った時に私が作った雪うさぎ。今は三人家族なので3個作ったのだが、今朝起きてみたら、葉っぱと赤い実だけ残して、お盆の上は水たまりだけになってうさぎは姿を消していた。なんともシュールな絵であった。
家族は一人でも、二人でも、三人でも、四人でも人数に関係なく立派な家族なのだ。溶け合えばすべてひとつで、家族というかけがえのない時間を共に過ごす、小さな共同体(サークル)に過ぎないのだろう。
2016年1月17日日曜日
恐怖のブォーンちゃん、克服への道
こちらがわが家の必需品、愛称は「ブォーンちゃん」こと掃除機である。
以前、夫が使っていた古い掃除機が壊れて一昨年買い替えたた2代目だ。このブォーンちゃんは、「TWINBIRD」というメーカーの、スティック型クリーナー。別メーカーのコードレスタイプにも惹かれたが、値段の安さとタフさと吸引力を考えて、コードありの掃除機にした。
サイクロン式の掃除機を自宅で使うのは、初めてだったが「こんなにとれるのか!」とゴミが目に見えるのがうれしく、これまで以上に達成感を感じられるようになり、掃除機がけが好きになってしまった。ゴミを入れる袋もないので、水色のケースにたまったゴミをサッと捨てられるのも気持ちがいい。
私は、掃除機の「ブォーンちゃん」を毎日かけたくて仕方がないのだが、息子にとって掃除機の時間は恐怖なのである。赤ちゃんの頃は、掃除機の音を聞くだけで泣いていたが、最近は部屋の隅でぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、恐怖を感じながらもじっと見つめて耐えている。掃除機中は、空気が汚れるので夫がいる時には、2階の部屋に連れて行ってもらうこともある。
同じような音がするもので、息子が苦手なのは、公共のトイレに設置されている手を乾かすジェットタオルだ。あれも、掃除機と同じようなブォーンという音がして、おまけに風も出てくるので恐怖なのである。私が使うとあからさまに嫌な顔をする。
でも、掃除機はこれからもずっと使うものなので、慣れてもらわないと仕方がない。なので、ちょっと嫌がろうと怖がろうと、私は平気で掃除機をかけることにしている。
掃除機が終わりゴミを捨てる時に、息子を呼び寄せて「ブォーンちゃんが、こんなにゴミを吸ってくれたよ。おへやをきれいにしてくれたから、いい子いい子してあげて」と言うと、息子はちょっとへっぴり腰になりながらも、掃除機のブォーンちゃんの頭をそっとなでてくれる。
苦手だけれども、嫌いではないようである。
その証拠に、洗濯物をかけるハンガーを掃除機に見立てて、ブォーンなどと言いながら部屋を掃除していることがある。掃除機をやってみたい気持ちもしっかり育っているのだ。
掃除機嫌いな子は結構多いと聞くが、聴覚過敏などでない限りは、しだいに慣れていくものだと思うので、そんなに心配しなくていいのだろう。気長に慣れるのを待つしかない。
以前、夫が使っていた古い掃除機が壊れて一昨年買い替えたた2代目だ。このブォーンちゃんは、「TWINBIRD」というメーカーの、スティック型クリーナー。別メーカーのコードレスタイプにも惹かれたが、値段の安さとタフさと吸引力を考えて、コードありの掃除機にした。
サイクロン式の掃除機を自宅で使うのは、初めてだったが「こんなにとれるのか!」とゴミが目に見えるのがうれしく、これまで以上に達成感を感じられるようになり、掃除機がけが好きになってしまった。ゴミを入れる袋もないので、水色のケースにたまったゴミをサッと捨てられるのも気持ちがいい。
私は、掃除機の「ブォーンちゃん」を毎日かけたくて仕方がないのだが、息子にとって掃除機の時間は恐怖なのである。赤ちゃんの頃は、掃除機の音を聞くだけで泣いていたが、最近は部屋の隅でぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、恐怖を感じながらもじっと見つめて耐えている。掃除機中は、空気が汚れるので夫がいる時には、2階の部屋に連れて行ってもらうこともある。
同じような音がするもので、息子が苦手なのは、公共のトイレに設置されている手を乾かすジェットタオルだ。あれも、掃除機と同じようなブォーンという音がして、おまけに風も出てくるので恐怖なのである。私が使うとあからさまに嫌な顔をする。
でも、掃除機はこれからもずっと使うものなので、慣れてもらわないと仕方がない。なので、ちょっと嫌がろうと怖がろうと、私は平気で掃除機をかけることにしている。
掃除機が終わりゴミを捨てる時に、息子を呼び寄せて「ブォーンちゃんが、こんなにゴミを吸ってくれたよ。おへやをきれいにしてくれたから、いい子いい子してあげて」と言うと、息子はちょっとへっぴり腰になりながらも、掃除機のブォーンちゃんの頭をそっとなでてくれる。
苦手だけれども、嫌いではないようである。
その証拠に、洗濯物をかけるハンガーを掃除機に見立てて、ブォーンなどと言いながら部屋を掃除していることがある。掃除機をやってみたい気持ちもしっかり育っているのだ。
掃除機嫌いな子は結構多いと聞くが、聴覚過敏などでない限りは、しだいに慣れていくものだと思うので、そんなに心配しなくていいのだろう。気長に慣れるのを待つしかない。
2016年1月15日金曜日
滑り台とトラウマ
滑り台は、1歳10ヵ月の息子の好きな遊具のひとつだ。
公園にある遊具は、だいたい対象年齢が3歳以上のものが多いので、一人で滑らせるには危なっかしい。なので、親の補助が必要になる。
低めの滑り台なら、ちょっと手を伸ばして階段と滑り台の下で補助してやれば、自分一人で滑れるのだが、高い滑り台だと親も一緒にのぼって滑らなければいけない。
私は小学生くらいの頃に田舎のアスレチックにある、高い滑り台をすべろうとして丸太の階段を上ったのだが、途中で怖くなって降りようとし、階段を踏み外して落ちてしまったことがある。頭にたんこぶをつくったくらいで済んだのだが、それがトラウマになってしばらく滑り台から遠のいてしまった。
あまり怖がらないタイプの息子は、かなり高い滑り台にもチャレンジしたがる。私もしょうがないので、付き合うのだが、かなりおっかなびっくり、両足でストッパーをかけながらゆっくり滑りおりる。ローラーコースタータイプの滑り台は、私の体重でスピードが加速されてしまうので、注意が必要である。
でも、回数を重ねるうちに私もだいぶ過去のトラウマを癒すことができてきた。最近は、高くてもそんなにスピードが出過ぎないお気に入りの滑り台もみつけることができた。
子育てをしていて、子どもの頃の遊びをもう一度追体験できるというのは、貴重だなと思う。大人一人で滑り台を何度も滑っていたら白い目で見られてしまいそうだが、子どもが一緒なら思いっきり楽しめる。
滑り台もブランコもそうだが、子どもの遊具には頭を空っぽにしてくれる作用があり、風の冷たさや速さや高さを全身で感じ取って、いつもと違う風景を見ることができるのが魅力だろう。
単純さと繰り返しの遊びの中に入り込み、時間を忘れて夢中になれることは大人になっても快感である。
公園にある遊具は、だいたい対象年齢が3歳以上のものが多いので、一人で滑らせるには危なっかしい。なので、親の補助が必要になる。
低めの滑り台なら、ちょっと手を伸ばして階段と滑り台の下で補助してやれば、自分一人で滑れるのだが、高い滑り台だと親も一緒にのぼって滑らなければいけない。
私は小学生くらいの頃に田舎のアスレチックにある、高い滑り台をすべろうとして丸太の階段を上ったのだが、途中で怖くなって降りようとし、階段を踏み外して落ちてしまったことがある。頭にたんこぶをつくったくらいで済んだのだが、それがトラウマになってしばらく滑り台から遠のいてしまった。
あまり怖がらないタイプの息子は、かなり高い滑り台にもチャレンジしたがる。私もしょうがないので、付き合うのだが、かなりおっかなびっくり、両足でストッパーをかけながらゆっくり滑りおりる。ローラーコースタータイプの滑り台は、私の体重でスピードが加速されてしまうので、注意が必要である。
でも、回数を重ねるうちに私もだいぶ過去のトラウマを癒すことができてきた。最近は、高くてもそんなにスピードが出過ぎないお気に入りの滑り台もみつけることができた。
子育てをしていて、子どもの頃の遊びをもう一度追体験できるというのは、貴重だなと思う。大人一人で滑り台を何度も滑っていたら白い目で見られてしまいそうだが、子どもが一緒なら思いっきり楽しめる。
滑り台もブランコもそうだが、子どもの遊具には頭を空っぽにしてくれる作用があり、風の冷たさや速さや高さを全身で感じ取って、いつもと違う風景を見ることができるのが魅力だろう。
単純さと繰り返しの遊びの中に入り込み、時間を忘れて夢中になれることは大人になっても快感である。
2016年1月11日月曜日
何度目かの断髪
パパが休みだったので、息子の生まれて何度目かになる「断髪」を行った。まだ床屋に行けるほど、じっと座っていられないので、もっぱら家でのママカットである。
(断髪についての補足:わが家では、女の子に間違われる回数が増え、耳に髪があたってかゆがるようになったら、そろそろ髪を切ろうかというタイミングになる。「散髪」ではなく、「断髪」とあえて書いたのは、いいえ女の子じゃないんです!と断りを入れる意味での散髪だからである。)
本当はゴミ袋をかぶせて、服に髪が落ちないようにして切りたいのだが、拒否されてしまった。なので汚れるのを覚悟で、パジャマのまま断髪となった。
新聞紙を床に広げ、子ども用の小さな机といすに息子を座らせ、手前にはジャック・タチの『トラフィック』という車がいろいろ出てくる映画のDVDをかけて気をそらせる作戦をとった。
それでもハサミを見ると怖がりポロポロ泣くので、隣にパパに座ってもらいなんとかカットを始める。さらに大きい鏡をパパに手で持ってもらい、右側を切る時には、左側に鏡を移動させて息子の視線をそらせ、パチパチと髪を切るのだ。
手でよけようとしたり、急に動いたりするので、ついつい焦ってバサッと切りすぎてしまうのが悩みだ。ママカットは、なかなか難しい。
一番の難関は、”もみあげ”と“えりあし”。
自分の前髪を切るくらいしかしたことのない私は、ついつい直線切りをしてしまうので、いつもぶかっこうになってしまう。一応たてにハサミを入れてすいて、なじませようとは努力するのだが・・・・・・。
そうそう、子どもの髪の毛で不思議なのが、後頭部の一部の髪だけがチリチリに逆立ちこんがらがることだ。
保育園で働いていた時にも、時々マンガの『ドラゴンボール』に出てくる、スーパーサイヤ人のように髪の毛がチリチリ系になる子どもがいたなぁと思い出す。
息子は気に入らないことがあると、キーキー奇声をあげるタイプなので、髪がチリチリなるのかもしれない。自然現象のひとつとして、受け入れている。
(断髪についての補足:わが家では、女の子に間違われる回数が増え、耳に髪があたってかゆがるようになったら、そろそろ髪を切ろうかというタイミングになる。「散髪」ではなく、「断髪」とあえて書いたのは、いいえ女の子じゃないんです!と断りを入れる意味での散髪だからである。)
本当はゴミ袋をかぶせて、服に髪が落ちないようにして切りたいのだが、拒否されてしまった。なので汚れるのを覚悟で、パジャマのまま断髪となった。
新聞紙を床に広げ、子ども用の小さな机といすに息子を座らせ、手前にはジャック・タチの『トラフィック』という車がいろいろ出てくる映画のDVDをかけて気をそらせる作戦をとった。
それでもハサミを見ると怖がりポロポロ泣くので、隣にパパに座ってもらいなんとかカットを始める。さらに大きい鏡をパパに手で持ってもらい、右側を切る時には、左側に鏡を移動させて息子の視線をそらせ、パチパチと髪を切るのだ。
手でよけようとしたり、急に動いたりするので、ついつい焦ってバサッと切りすぎてしまうのが悩みだ。ママカットは、なかなか難しい。
一番の難関は、”もみあげ”と“えりあし”。
自分の前髪を切るくらいしかしたことのない私は、ついつい直線切りをしてしまうので、いつもぶかっこうになってしまう。一応たてにハサミを入れてすいて、なじませようとは努力するのだが・・・・・・。
そうそう、子どもの髪の毛で不思議なのが、後頭部の一部の髪だけがチリチリに逆立ちこんがらがることだ。
保育園で働いていた時にも、時々マンガの『ドラゴンボール』に出てくる、スーパーサイヤ人のように髪の毛がチリチリ系になる子どもがいたなぁと思い出す。
息子は気に入らないことがあると、キーキー奇声をあげるタイプなので、髪がチリチリなるのかもしれない。自然現象のひとつとして、受け入れている。
2016年1月7日木曜日
「ママじゃなきゃイヤ!」は本当か!?
よくある子どものセリフのひとつに「ママじゃなきゃイヤ! 」というのがある。
1歳9ヵ月の息子は、食事中にスプーンや食器を私に向かって差し出し、「ママー、ママー! 」と泣いてだだをこねたり、遊ぶ時に一緒にやってほしいと「ママー、いっしょに! 」と言ってせがんだりして、他の人が代わりにやろうとしようものなら、首を横に振ってイヤイヤする。
それを聞いたパパやばぁばは、「ママのこと大好きだから仕方ないよね~」などと言って、その場を離れようとするのだが、ママのほうも「そうよね~うふふ」などと、親バカで自惚れていられるうちはいいが・・・・・・。
毎日のことになると「それは、本当か!? 」と睨みをきかせ、突っ込みを入れずにはいられなくなる。
それでなくても、洗い物や洗濯、掃除や食事の準備などママにはやらなければいけないことが山とあるのだ。「これ以上、ママの仕事を増やさないでくれ! 」と思うのが普通の神経ではないだろうか?
冷静になって考えてみればすぐにわかる。育児の中でママじゃなきゃできないことなど、ほとんどないのだ。せいぜい、母乳をあげることぐらいだろう。
共働きで保育園に預けているような家庭は別だが、パパが仕事で日中外に出ていて、家でママが育児をしている場合は、子どもはママと過ごす時間が一番長いので、どうしても甘えの対象になりやすく、なつきやすいという、ただそれだけのことなのだ。
「ママじゃなきゃイヤ! 」という子どものセリフは、“なんとなくママに甘えたい気分”になっているだけで、実のところママじゃなくても大丈夫なことが多い。だから、世の中のパパはママに甘えている場合じゃないし、「やっぱりパパじゃダメなのか」などと、いじけている場合でもないのだ。
わが家のパパは、最近ようやく「パパもやりたいの! 」「ママは忙しいから、パパが抱っこしてあげるよ」などと言って、「ママじゃなきゃイヤ! 」を、だいぶかわせるようになってきたが、寝かしつけや歯磨きなどは、まだまだママ依存度が高い。ママがやるほうが早く済むのでついついやってしまっているというのが現実である。
まぁ、まぁ、そこは夫婦なので、育児もお互いに言い分があり、様子を見ながら“歩みよりつつ”というところだろうか。
子どもが言う「ママじゃなきゃイヤ! 」を真に受けて、一人で抱えすぎてしまっているママがもしどこかにいたとしたら、「イヤイヤ詐欺です、だまされないで! 」と言ってあげたいし、「それくらいパパにやってもらいなよ! 」と背中を押してあげたいのだ。
パパに“手伝ってもらう”という弱腰のスタンスではなく、“少ししずつおかませする”のが成功のコツである。パパが自主的に動きだしたら、子どもだって嫌な気持ちはしないだろう。“パパでもよかった”という成功体験を重ねることでしか、「ママじゃなきゃイヤ! 」をかわす近道はないのである。
「パパにやってもらえてよかったね~」と、パパの地位が向上するような言葉がけをママがしてあげるのもオススメである。
写真は、義理の妹が作ったミニュチュアの人形。インスピレーションで、すみれちゃんと名付けた。私に似ている感じがしてプレゼントしてくれたそうだ。茶箪笥の中にこの人形を見つけると、息子は「ママ! 」と指をさしてうれしそうな顔をする。なので、息子の前ではママ人形だということにしている。
1歳9ヵ月の息子は、食事中にスプーンや食器を私に向かって差し出し、「ママー、ママー! 」と泣いてだだをこねたり、遊ぶ時に一緒にやってほしいと「ママー、いっしょに! 」と言ってせがんだりして、他の人が代わりにやろうとしようものなら、首を横に振ってイヤイヤする。
それを聞いたパパやばぁばは、「ママのこと大好きだから仕方ないよね~」などと言って、その場を離れようとするのだが、ママのほうも「そうよね~うふふ」などと、親バカで自惚れていられるうちはいいが・・・・・・。
毎日のことになると「それは、本当か!? 」と睨みをきかせ、突っ込みを入れずにはいられなくなる。
それでなくても、洗い物や洗濯、掃除や食事の準備などママにはやらなければいけないことが山とあるのだ。「これ以上、ママの仕事を増やさないでくれ! 」と思うのが普通の神経ではないだろうか?
冷静になって考えてみればすぐにわかる。育児の中でママじゃなきゃできないことなど、ほとんどないのだ。せいぜい、母乳をあげることぐらいだろう。
共働きで保育園に預けているような家庭は別だが、パパが仕事で日中外に出ていて、家でママが育児をしている場合は、子どもはママと過ごす時間が一番長いので、どうしても甘えの対象になりやすく、なつきやすいという、ただそれだけのことなのだ。
「ママじゃなきゃイヤ! 」という子どものセリフは、“なんとなくママに甘えたい気分”になっているだけで、実のところママじゃなくても大丈夫なことが多い。だから、世の中のパパはママに甘えている場合じゃないし、「やっぱりパパじゃダメなのか」などと、いじけている場合でもないのだ。
わが家のパパは、最近ようやく「パパもやりたいの! 」「ママは忙しいから、パパが抱っこしてあげるよ」などと言って、「ママじゃなきゃイヤ! 」を、だいぶかわせるようになってきたが、寝かしつけや歯磨きなどは、まだまだママ依存度が高い。ママがやるほうが早く済むのでついついやってしまっているというのが現実である。
まぁ、まぁ、そこは夫婦なので、育児もお互いに言い分があり、様子を見ながら“歩みよりつつ”というところだろうか。
子どもが言う「ママじゃなきゃイヤ! 」を真に受けて、一人で抱えすぎてしまっているママがもしどこかにいたとしたら、「イヤイヤ詐欺です、だまされないで! 」と言ってあげたいし、「それくらいパパにやってもらいなよ! 」と背中を押してあげたいのだ。
パパに“手伝ってもらう”という弱腰のスタンスではなく、“少ししずつおかませする”のが成功のコツである。パパが自主的に動きだしたら、子どもだって嫌な気持ちはしないだろう。“パパでもよかった”という成功体験を重ねることでしか、「ママじゃなきゃイヤ! 」をかわす近道はないのである。
「パパにやってもらえてよかったね~」と、パパの地位が向上するような言葉がけをママがしてあげるのもオススメである。
写真は、義理の妹が作ったミニュチュアの人形。インスピレーションで、すみれちゃんと名付けた。私に似ている感じがしてプレゼントしてくれたそうだ。茶箪笥の中にこの人形を見つけると、息子は「ママ! 」と指をさしてうれしそうな顔をする。なので、息子の前ではママ人形だということにしている。


























