2016年1月21日木曜日

サル年、一発目に読んだヨーコ先輩のエッセイ

絵本『100万回生きたねこ』の作者として有名な佐野洋子。
私は太陽のほうのヨーコであるが、同じ名前の太平洋のヨーコ先輩の歯切れの良いエッセイに、これまで何度身をよじって笑ったかわからない。

昨年、神奈川近代文学館で行われた「まるごと 佐野洋子展 ―『100万回生きたねこ』から『シズコさん』まで―」展を観たときに、最新刊として並んでいた『私の息子はサルだった』(新潮社)という一冊の本が気になっていた。これまでにも、息子さんの子ども時代のことは、いろいろ書いてきたヨーコさんだったが、「自分のことを書くのをやめてほしい」と言われ、ひそかに書きためていたエッセイだそうだ。

買ってしまえばすぐに手に入ったのだが、ぐっとこらえて長蛇の順番待ち覚悟で図書館で予約をした。年をまたいでサル年一発目に読むことができた。そして、開いた手を止めることなく、一気に全部読みほしてしまった。

はなやかな過去 あたり セブーン 目から鼻に抜ける あ、あっあ エイ君の タニバタさん モグラのキンタマ よっちゃん 親友同盟 チョコレートバー フウテンパア 十三歳 点滴 青春しちゃった サントリーオールド

これらは、目次のタイトルなのだが、これを見ただけでもそそられてしまう。

私は、『私の息子はサルだった』の本のタイトルにも由来してるエッセイ、「モグラのキンタマ」というのが一番好きだった。小学生の息子であるケンが、同じ女の子を好きになった親友でライバルのモグラノのキンタマ(すごいあだ名だ)と一緒に遊んでいて、大好きなタニバタさんを家に呼ぼうということになる。母親であるヨーコさんは、タニバタさんが来てサルのように浮かれ狂う息子たちを見守っている話だ。

タニバタさんが引っ越して転校してしまうことになり、大好きなタニバタさんに自分の写真を渡したいという息子の応援をする「チョコレートバー」というエッセイも好きだった。

幼稚園、小学校、そして思春期に入っていく息子とそれをとりまく個性豊かな友人たちと、母親であるヨーコさんの会話のやりとりの変化がおもしろい。子ども特有の息づかい、落ち着きのなさ、無鉄砲さ、アホさがあふれていて、でも純粋で、けなげで、読んだ後はなんとも言えない気持ちになるのだ。

ヨーコさんの息子で表紙の絵も描いているケンこと広瀬弦さん側からすると、ウソもまじり大げさに書かれている部分も多々あるようだが、ヨーコさんのフィルターを通した弦さんの子ども時代を、よそのおばさんである私が、こうして追体験するかのように文章を通して味わえるのは、なんとも幸せなことである。

うちの息子も、この本のケンのように、やっぱりサルになっちゃうのかな~と苦笑いしつつ、息子の色恋ざたにいつか首を突っ込める日を心待ちにしている私がいる。








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